[再投稿] 愛と良心

ICHIGO RANGER

今日は、2014年3月8日の日記を再投稿するね~♪

人は悪事を働いた時、
良心にさいなまれ、苦しくて、
人は何としてでも、苦しさから逃れようと
自分を正当化するための理由を見つけ、
自分の汚い黒を、愛という名の下に 白に塗り替える☆

愛は素晴らしい☆
でも愛だけでは、
道徳的に反することさえも、愛になり、
愛という名の下に不正や犯罪、戦争、策略、騙しなどは
消えることはない☆

それじゃ、
愛の他に何が必要なんだろう☆
それは、良心☆
悪い事をしたら、良心が痛む☆
良心こそ、人としてあるべき道へ導いてくれる☆
良心は、物事を誤魔化したりすることが出来ない心☆裁く心☆
とても厳しい心☆でもある。
両親でいうなら、父☆
愛は許し☆包容力
両親でいうなら愛は、母☆にあたるのかな。
両親どちらともなくてはならない☆
どちらかに偏ってもいけない☆
バランス☆

良心が強すぎて、犯した過ちを許せず、自分を裁き、人を裁き。
暴力という制裁にまで発展するかもしれない☆
でも人は、反省する心を持っている☆
心から反省したならば、
愛を持って、許すことが出来る☆
そして人は救われる☆

でも、愛ばかりで、犯した罪も反省することなく、ただ許せば、
何度となく罪を犯し、そのうち心さえなくしてしまう獣みたいな人に変わってしまう☆
ただ許すことが、愛なのか。それは違う☆
愛は、良心と共にあるのが、本来の姿だと思う☆
父と母が2人で1つであるように☆

私達は、どちらかに偏って生きてきた☆
愛と良心は、父と母の他に、左脳的か右脳的か、とも表現出来るかもしれない。
偏ることなく、
2つを合わせた真ん中に出来る 2人の間に出来る子供☆に、
私達は未来の希望を見出すことが出来る☆

心の真ん中に、隙間(ま)が空く(あく)と、あくま 悪魔☆
隙間を空けなければ、心に悪魔はいることが出来ない☆
ならば、隙間が空かないようにするには、どうしたらいいのか☆
それは、愛を真ん中におけばいい☆
魂の丸い円(えん)の真(ま)ん中にいるのが、えんま 閻魔さま☆
閻魔さまは、良心のシンボルそのもの☆

心と魂は、2つで1つ☆ それで、私達は生を受け、生きていられる☆
心の真ん中は、愛☆
魂の真ん中は、良心☆
愛と良心は、共に真ん中にあり、2つで1つ☆

良心は、愛とセットだから基本は優しいけど、優しいだけじゃない!
悪にはハンパなく厳しい☆
だから、愛と同じセットの神様なのに、厳しいから、
鬼のようなイメージで表現されている☆

被害者と加害者。
善と悪。
でも良心がない愛の下では、悪さえ、善になってしまう☆
これからは、愛だけじゃ足りない☆
良心を持つ愛が、自分自身そして世界を救ってくれる☆
それが本来、私達の姿そのものだから☆

気づいただろうか?
魂は良心だから、死ねば罪が消えるということはない!
死んでも続く☆
どうせ死んだら終わりだから、悪いことしたって、いいや☆とか、
人を騙したり、
どんな手段を使ってでも、お金や成功や地位や名誉を手に入れるんだ☆
というのは、この世で死を迎えた後も、その行いは、あの世にまで持っていく☆
お金、地位、名誉、財産などは持っていけない☆
それらはただの幻☆
一瞬の夢☆
持っていけるもの☆それは、記憶☆思い出☆
人生の中でしてきたこと全て☆
思い、考えていたこと全て☆
それだけが、死んだ後も永遠に生きる☆

これからは、誤魔化せない世界へ☆
私達は歩いてゆく☆

誰も裁かれるのはイヤだ☆
だから知らず知らず避けてきた☆
良心を鬼といって、忌み嫌ってきた☆
でも鬼こそ、良心こそ、愛には必要なもの☆
これからは、鬼(良心)が出てくる☆
まずは、自分の中の鬼から始まる☆
私達が例え、どんなに鬼(良心)を避けようとも、
鬼は、私達の魂の真ん中、いわゆる魂そのもの☆
あなたが見ないフリをしても、無視しても、
実際あるものは、ある☆
逃れられないならば、
真実を受け止め、
自分を救うべく、努力した方がいい☆

自分を救うことが出来るのは、自分自身ただ1人しかいない☆
自分の中のえんま様、鬼(良心)と向き合えるのは、自分しかいない。

誰も入りこめない。
お金もコネも何もかも通じない☆
自分を救ってあげられるように☆
自分をみつめ、反省し、
これからの生き方を<自分の良心と愛>に従って歩いていこう☆

みんな誰もが旅の途中・・・☆

もし、あなたがこれを読んで、そうだと思うのなら、
あなたの大切な人にそっと、自分なりの言葉で教えてあげて欲しい☆
説明するのが苦手なら、このブログを教えてあげてください☆

知らなければ何も出来ないけど、
知ることで、出来ることがある☆
 

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